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三沢光晴はやっぱり身体の衰えを自覚していた

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三沢光晴はやっぱり身体の衰えを自覚していた

三沢光晴さんはやっぱりプロの格闘家ですね。自分の年老いた傷みきった体のことは誰よりもわかっていたんですね。でも社長として若い者に垂範率先して背中を見せて従わせるために無理を重ねていたから、こういった結末になってしまったんですね。

歳には勝てないんですね。いくら体を鍛えていてもその衰えは一般人ほどではないにしろ、身体の節々に影響を及ぼすんですね。

40歳を過ぎたらどんな人でも無理は禁物なんですね。もう初老といわれるような歳ですからね。健康で生きているだけでも奇跡的なことなのかもしれないですね。

yahoo newsより引用
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20090616-00000008-dal-fight
三沢さん、年内引退決意していた6月16日9時37分配信 デイリースポーツ

 13日の広島大会後に死亡したノアの選手兼社長、三沢光晴さん(享年46)が“引退デー”を決めてリングに上がっていたことが15日、明らかになった。
三沢さんが全日本に入団(81年)して以来の盟友で、00年のノア旗揚げ後は“参謀”的な仲田龍・取締役統括本部長が証言した。意向を固め、実業家として第2の人生設計に着手していた矢先だったという。その志半ばで無念の死を迎えた。親族による密葬は今週中に営まれ、ファンと故人をしのぶ「お別れ会」は近日中に開催日を発表予定だ。沈黙を守っていた仲田本部長がこの日、初めて口を開いた。
三沢さんと会ったのは今月9日の静岡・沼津大会で、控室で「三沢引退」へ向けた具体的なプランを話し合ったという。三沢さんは年内にも現役引退の意向を固め、第2の人生へ向けた起業計画も進められていた。
同本部長と真由美夫人の2人が聞いていたそうだが、「いつかは言えない」とした。引退を決断しても、すぐにリングをことは許されなかった。
台所事情も体にムチ打って“残り火”を燃やした。その矢先に惨事を招いてしまった。リング生活は損傷は慢性化。
同本部長は80年から全日本でリングアナウンサーを務め、翌年入団した三沢さんとは公私ともに深いきずなでノアを興した盟友。今年8月で旗揚げ10年目を迎えるが、同本部長は「だれが悪いのかといったら自分。10年で辞めさせてあげる環境をつくれなかった。残念です」と遺影に語りかけた。旗揚げ時からエースの小橋が両ひざ手術を繰り返し、腎臓がんにも侵された。
秋山にも持病があり、その分、三沢さんに負担がかかった。打つ手がなく「もうちょっとと、無理をお願いした」と無念の思いを吐露。13日に広島から一報を聞いた際は翌朝、広島市内の病院に直行して無言の再会。三沢さんは引退選手のことも考えての起業プランを練っていた。
「引退ツアーとかはやらない」と断言し、実業に専念することを楽しみにしていたという。同本部長は「自分が必ず実現していきます」と、遺志を全うする考えを強調した。